手話という言語での世界の捉え方

聾の家族が増えて今まで知らなかった世界を知り面白い。
手話のこと。日本語を音で出すかわりに、ハンドサインを使いコミュニケーションをしているのが手話なので、思考のベースは日本語と同じだと思っていた。しかし実際には、手話は、英語、日本語など同じように言語の1つとして捉えた方が分かりやすい。例えば日本語は他の言語に比べて曖昧な状態を曖昧なままにしておく言語だと思うが、手話の場合にはそれが無い。白か黒かはっきりしているのという点では英語に近い。物事を捉え考える時は、メインで使う言語をベースにしているとよく言われるが、手話ネイティブのそれは明らかに日本語とは違う手話のベースなんだなと感じる。違う視点で物事を見ている人の意見は、時には納得できないこともあるが、なるほどそう来たかと感心することも多い。
映像のこと。
そんな手話ネイティブは情報を得る時、時活字よりも動画が圧倒的に得意である。インターネットの使い方も、活字よりも写真や動画で検索することの方が自然なようだ。それを考えると、日本語ネイティブが物事を一度言葉に変換して捉えるのに対し、手話ネイティブはそのままビジュアルで物事を捉えている様に思える。日本語というフィルターなしで物事を観れるというのは素晴らしいことだと思う。普段言葉に惑わされている僕からするとそれは非常に羨ましい。

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